大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(う)284号 判決

被告人 新保修洋

〔抄 録〕

2 右に述べた事実関係を前提として、これとの関連で、本件覚せい剤発見時の所持品検査が適法であったとみられるかどうかを検討する。

職務質問に付随する所持品検査は本来任意手段として許されているものであるから、所持人の承諾を得て行うのが原則であるが、所持人の承諾がない限り一切許されないというものでもなく、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、具体的状況において相当と認められる限度において許される場合があると考えられる。本件被告人は、警察官がズボンのポケットに手を差し入れたり、そこから所持品を取り出すことを承諾していたといえないことは前述のとおりである。それでは、相手方の承諾がない場合、このような態様の所持品検査を行うことが許されるかどうか。本件では、被告人のジーパンの左前ポケットから、結果として覚せい剤が発見されたが、検査前、薬物事犯の観点から、被告人の左前ポケットについて所持品検査を行う必要性、緊急性が認められたかというと、それははなはだ疑問である。左前ポケットから中身を取り出すまでの被告人には、薬物事犯を犯し、もしくは犯そうとしていることをうかがわせるような外形的事情は全くなかったし、そうであればこそ薬物事犯に関する職務質問は全くされていなかったと考えられるからである。中川巡査は、原審証言の中で、被告人のジーンズポケットに外から触って何か柔らかいものが入っていると感じた時のことについて、何か禁制品のような物を持っているのではないかと思ったというが、着衣の外から触って右程度の感触を得たというだけでは、まだ、薬物事犯の観点から、そのポケットに対する所持品検査についての必要性、緊急性を肯定するに十分な理由があるとはいえない。

しかし、本件において、警察官らは、薬物事犯に関して所持品検査を行い、覚せい剤を発見したというのではなかった。ナイフの使用という凶器に関係した一一〇番通報を受けて現場へ出向き、その関係で職務質問をし、所持品検査に至った経過であったのである。また、その際、中川巡査から質問を受けた被告人が逃走を図ったり、所持品検査をことさら避けようとする態度が顕著であったことから、警察官としては、被告人が凶器を所持しているのではないかとの疑いを抱き、これを最大の関心事として所持品検査等の活動をし、覚せい剤を発見したというのである。したがって、本件所持品検査について必要性、緊急性があったかを評価するに当たっては、このような持凶器関連事犯の疑いに基づく一連の活動という観点から検討すべきものと考えられる。ところで、このような事情に基づく所持品検査においては、被告人の所持品全体の状況が明らかにならない限り、被告人が身体のどこかに凶器を隠し持っているのではないかという疑いは消滅しないから、右前ポケット内にあった固い物がナイフ等の凶器ではなく、ライター等であったことが判明した後においても、それだけではなお凶器所持の疑いを最終的に払拭し切れず、したがって左ポケットの検査をした時点でも、なお全体としての持凶器関連事犯の疑いに基づく所持品検査の必要性、緊急性は一応継続して存していたと考えるのが相当である(この点につき、検察官は、答弁書において、「被告人が持凶器脅迫等の犯罪を犯し、又は犯そうとしている嫌疑がきわめて濃厚で、所持品検査を実施する緊急性及び必要性も高度に存在した」という。しかし、本件中川巡査の行動の端緒となったのは、「下北沢駅近くのファーストキッチン横で、ナイフを持った男が別の男を囲んでいる。」という一一〇番通報であり、その内容はそれ以上に明確ではなかったから、被告人に前記のような不審な行動があったとはいえ、その通報内容と被告人との関係が必ずしも明らかであったとはいえず、所持品検査の必要性等を肯定することができるとしても、それが高度なものであったとまでは言い難い。)。

ところで、所持品検査は、必要性、緊急性が肯定されて許される場合にも、検査の限度内で許され、捜索に至ってはならないし、また容疑事実と関連のある範囲内で許され、これと関連のない物についてまで許されるわけではないから、検査を行うに当たっては、すぐにポケット内に手を差し入れて次々にその中から所持品を取り出すというような、いわば捜索類似の方法によるのではなく、例えばはじめは着衣の上から順次触るなど、検査というにふさわしい穏やかな手段によって所持品の有無、形態を確かめ、これによって所持品が容疑事実と関連性のある物であるかどうかも常時確かめ、検査が不用意に関連性のない範囲に及ぶことがないよう、段階的な手順を踏んで行う必要があると考えられる。これを本件に則していえば、右前ポケットに着衣の外から触れ、固い物があると分かった段階で持凶器事犯との関係を疑うことについては、あるいは合理的な理由があるとしても、続いて左前ポケットに着衣の外から触り、中にあるのが柔らかい物で、ナイフ等の凶器ではなさそうなことが判別できた段階では、持凶器事犯との関連性を考え直してみるべきであったと思われる。本件警察官らがそうしないですぐにポケット内に手を差し入れ、持凶器関連事犯とはおよそ関連のなさそうな左前ポケット内の柔らかい物を取りだした点は、関連性の限界を超え、相当とは言い難いと考えられる。本件においてとりわけ問題だと思われるのは、右の所持品検査が、被告人の両腕を二名の警察官が左右から掴み、いわば強制力を行使した状態で行われた点である。被告人は、隙があれば逃走しようとして、検査直前まで抵抗を続けていたというのであるから、一時的にその腕を押さえ、取り鎮める必要があったことは理解できなくはない。しかし、所持品検査を始めようとする段階では、次第に抵抗も静まってきていたとされているから、警察官としては、強制力行使をできるだけ抑制し、例えば被告人の両腕を押さえておく必要がなくなるのを待ってから検査に着手するなどして、所持品検査のために直接に強制力を行使する事態をできるだけ避けるよう取り運ぶべきであったと考えられる。このような本件所持品検査をめぐる諸事情を総合考慮すると、本件での所持品検査は、職務質問に付随する所持品検査としての許容限度を明らかに超えていて違法であり、本件覚せい剤の押収手続にも違法があると考えられ、ひいてはこれに基づく身柄拘束状態を利用して行われた本件採尿手続も、違法性を帯びるといわざるをえない。

四 そこで、次に、本件覚せい剤及び尿の入手手続の違法は重大であるから、本件覚せい剤及びこれと尿に関する鑑定書には証拠能力がないとの所論について判断する。前記のとおり、警察官らが被告人の両腕を押さえて制圧した状態のもとで、相手方の承諾がないまま、その着衣ポケットから所持品を取り出して検査するという行為が、一般に職務質問に付随する所持品検査において許容される限度を超え、軽視できない違法を含んでいることについては先に述べたとおりである。しかし、所持品検査が違法と判断される場合であっても、その結果得られた証拠物等が証拠能力を失うか否かは、これとは別に、これを証拠とすることが将来における違法な捜査の抑制の見地から相当と認められるか否かを、個々の事例に則した判断をして決せられるべき事柄である。これを本件についてみると、被告人がポケットに隠し持っていた本件覚せい剤は、持凶器関連事犯による職務質問に付随して所持品検査を行う中でたまたま発見・押収されたものであったが、その所持品検査は、持凶器事犯の観点からみると、高度とはいえないまでも、所持品検査の必要性や緊急性を否定できない状態のもとで行われたことが認められる。もとより、その所持品検査には、前述したとおりの問題があったと考えられるが、それらはいずれも、被告人が、職務質問や警察官からの所持品提示の要求を振り切って逃走し、警察官に手か腕を掴まえられて一緒にビックベルビル前に戻ってきた後においても、なお逃走しようとの態度を顕著に表し、これが凶器所持の疑いを一層強める結果となっていた一連の事情のもとで、警察官らが、被告人の逃走防止を図りつつ、不測の事態が生じないうちに所持品検査を早く終わろうと急いだための不注意から生じたものとみられるのである。そのような事情が全くないのに、ただ所持品検査のため、相手方の腕を取り押さえる等の強制力を行使して検査を行ったというような場合とは大幅に事情を異にしているのである。そうだとすると、本件警察官らの行為が、所持品検査として許される限度を超え、違法と判断される行き過ぎがあったとしても、それは、ことさら令状主義に関する諸規定を潜脱する意図や害意があってしたことではなく、将来における違法捜査抑制の見地などからみて、証拠能力を失わせなければならないほどの重大な違法とまではいえないと判断される。また、その後の採尿手続自体には特段の問題がなかった経過を加味してみれば、採尿手続について、これが帯びる違法性は未だ重大とはいえない。したがって、本件覚せい剤、両鑑定書などの証拠については、証拠能力を認めるのが相当であり、これと同旨の原審判断は正当として肯認することができる。結局、右各証拠の証拠能力が認められないことを前提に、事実誤認をいう論旨は理由がない。

(秋山規雄 門野博 下山保男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!